2010年9月15日水曜日

稲作

⑪稲作が行われていた風景
今帰仁村で稲作が姿を消したのは昭和40年代である。稲作が消えた理由は、まず昭和36年頃大型の精糖工場が操業したこと。それと昭和38年に大旱魃があり水田は畑にした。砂糖キビの値段がつき、本土では減反にはいったこともあり、砂糖キビから稲作に戻ることなく現在に至っている。
稲作が消えたことで、旧暦で行われる祭祀と稲作の収穫までの流れが密接に関わっていた姿が見えなくなり、祭祀の衰退へとつながっている。

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